それはプログラマじゃなくてデバッガのせいですよ

ちょっと期待したがろぜんげが書く気配はなさそうなので僕が書く。
どうも、かげろうです。


なんか2014年のクソゲーオブザイヤーが決定したらしい。

個人的には、クソゲーオブザイヤーはあんまり好きじゃない。
具体的には聖剣4が次点に選ばれていたことを知ったからである。

好みは人それぞれであるので、
きっと大賞に選ばれた作品でも好きな人はいるわけで。

致命的なバグが大量にあるとかならまだわかるが、
ゲームバランスが理不尽だとかそんな理由でクソゲーにはされたくない。
いくら理不尽だろうと、クリアできるからには不具合ではないのだ。

一部の人が理不尽と感じたとしても、
それは何回もプレイを繰り返して突破していく初見殺しゲーかもしれないし、徐々に強くなって突破する快感を狙ったものかもしれないし、あるいはその理不尽さも含めて効果的な演出を狙ったのかもしれない。

狙いがあれば、それを良いと思う人も、必ずいるはずである。

今日は、それに関係ありそうで関係ない話。




「大東京トイボックス」という漫画がある。
ゲーム開発の現場を描いた作品であるが、
1巻に次のようなシーンがある。

プログラマーである「マサ」が企画コンペに参加するが、
自分のプログラム担当部分で大量にバグを出されてしまい、
「本業おろそかにしてると副業のせいだと思われるから気を付けろ」
と言われるシーンである。

同じプログラマーとして、このシーンには異議を唱えたい。
どんなにうまくプログラムしたところで、バグが出るのは当たり前だ。
バグが多く出たからと言ってプログラマーを責めるのは間違っている。
少なくともうちの会社には、そういう風潮はない。

世に出回っているバグだらけのゲームは、
プログラマーが手を抜いたのではない。
デバッガーが無能だったのだ。
(もしくは発見されたけど時間なさ過ぎて無視されたか)

つまり
聖剣2がバグだらけなのは決してナーシャ・ジベリのせいではない。


また、バグは少なくともゲーム自体が面白くない場合。
これホントにテストプレイしたのか
と言うのはナンセンスである。

デバッガーの仕事はバグを見つけることであって、ゲームの悪い部分を指摘することではない。
操作性が悪かろうが、BGMが4曲しかなかろうが、ダンジョンのどうでもいい場所に必須アイテムが落ちてようが、ラスボスが3発で倒せようが、仕様と言われればスルーするのがデバッグの鉄則だ。

じゃあ誰が悪いのかといえば、プランナーだろうね。
たいていは最初に企画を考えたプランナーではなく、実際にシステムやらシナリオやらを融合させる作業をした人に原因があるだろうね。

このような誤解は結構多くの人が持っている気がする。
クソゲーとか言ってゲームを批判するのは結構だが、批判する対象を間違えちゃいかんと思うのである。
(話をうまくもどした)



さて、誤解といえばもうひとつ。
ゲーム業界を目指す人なら、誰でも一度は聞く話だ。

ゲームを作りたいなら、ゲームばっかりやってないでいろんなことに興味を持って視野を広げておいたほうが良い

僕は、この意見にも異議を唱えたいのである。
(せっかく話を戻したのにまた離す)

ゲーム製作者に「ゲーム以外の経験を積め」と言うのは、野球選手に「野球以外の練習をしろ」と言っているようなものではないのか。というようなことを説明会で誰か言っていたような気がする。まあどうでもええわ。

たしかに同じゲームばっかり延々とやっていてはダメだと思うが、
今は市場にあらゆるタイプのゲームが出回っている。
それらをすべてプレイするのは、常人にはとても不可能だ。

たしかにゲーム以外で経験したことがゲーム制作に生きる場合はある。
しかし、今はそういった「ゲーム以外の経験」がだいたいゲームになっている

たしかにまだゲーム化されていない素材もあるかもしれない。
そういった、今までにないものを発見し、ゲーム化するとする。
そのゲーム、中身は本当に「今までにない」ものだろうか。
モチーフが新しいだけで、中身は何かのゲームと一緒だったりしないだろうか。

「みじん切りの速度を競うゲーム考えました」
「ただの連打ゲーじゃね」
「小人が寝ている子供の代わりに積み木を片付けるゲーム考えました」
「倉庫番じゃね」
「ウサギがジャンプアクションを駆使してさらわれた動物たちを助けに行くゲーム考えました」
「マリオじゃね」

本当に思いつかなければならないのは、新しい「システム」なのだ。
そして、システムを考える際に参考になるのは、圧倒的に「ゲーム以外の経験」ではなく「他のゲームで得た経験」なのである。

僕が思うに、「モチーフ」としてのアイデアは本当に出尽くしているが、「システム」としてのアイデアはまだまだ作られていないものがたくさんある。勝負すべきはここである。

そのとき頼りになるのは、今までゲームをプレイしてきた経験なのだ。
ゲーム製作者たちよ。ゲームで遊べ。
流行に惑わされず、あらゆるゲームを遊べ。
クソゲーを引いても、「この部分は良かった」と良い点を吸収せよ。
神ゲーを引いても、「ここはこうしたほうが良かった」と改善点を探せ。

そうやって育った人達が、きっと神ゲーと呼ばれる作品を作るのだろう。


で、結局何が言いたかったかというと

ムラサキ面白え
ムラサキについては次回語ります


かげろうでした。
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