RPGのキモは仲間ではなく“仲間加入”だ

一昨日聞いた会社の後輩の話。

「ドラクエ2をやっていて、
 万能型のサマルトリア王子だけを育てまくっていたら」
「イベントで倒れたのか」
「はい」

詰んだらしい。

サマルトリア王子だけ育てるってどういう状況やねんとは思ったが、たしかに王子一人でごり押ししてて急にイベントで離脱したらどうしようもなくなるわけだ。戻ろうにも雑魚が強すぎて突破できない。レベルに差がありすぎて逃げられない。その町でセーブしてしまったからルーラ使ってもその町に戻る。世界樹の葉は持ってない。近くにはぐれメタルもいない。

詰んだな。


どうも、ドラクエ2をやったことがないかげろうです。


ドラクエ2の話から始まりましたが、ドラクエ2ってシリーズ初のパーティーシステムなんですね。
主人公と、仲間が二人。

つまり、ドラクエ1は最後まで一人だったんです。
いまどきそんなRPGありますか?

ないです。
ないと言い切ってしまった直後に以前紹介した「聖剣なんて押し付けないで!」を思い出してしまいましたが、とりあえずここではないという方向で話を進めさせていただきます。

RPGが一人旅でない理由はふたつ。
1.ドラクエ系の戦闘は、一人だと戦い方がものすごく限定される
2.仲間がいたほうが、ストーリー的に幅が持たせられる

仲間の数には、ちゃんと理由があるのです。

ゼルダのようなアクションRPGの場合、プレイスタイル的に一人の方が都合がいいため、基本的に仲間はいない。
(いる場合は操作キャラを切り替えるパターンになる)
それを打破して仲間との絆を強調したアクションRPGが聖剣シリーズだが、操作していない仲間はAI操作となっており、うまく動いてくれないことがある。

テイルズシリーズは、旅立ち時に主人公+仲間一人というパターンが多い。これはストーリー上の理由ではなく、おそらく二人プレイを前提にしているからである。テイルズを二人プレイしてる人がどれだけいるかは知らないが。

FFシリーズは、ストーリーに幅を持たせるため、仲間が多い(一部を除く)。これを、例えばIVであればキャラをときどき強制離脱させることで対処し、VI以降であればパーティー選択でスタメンを決めることで対処している。また、一部のキャラが全く使われない可能性に配慮してか、ラスダンだけ2グループに分かれて行動とか結構あるが、これは賛否両論だろう。
本当に全キャラを使わせたいなら、FFXのように敵に弱点を設けて戦闘中にキャラチェンジして弱点を突くことを前提にするか、クロノトリガーのように仲間加入時にそのキャラのイベントクリアまでしばらくパーティーから外せなくする等の対策を設けるべきだろう。


話がどんどんそれていきましたが、要するにRPGにおける仲間というものは、システム的にもストーリー的にも重要な意味があるということです。

システム的なことを言えば、例えばドラクエ3や初期の世界樹のように、もはやキャラを選んだり自分でクリエイトして作る、ストーリーもへったくれもない仲間もいます。
仲間が多ければ多人数で戦う戦略バトルになるし、自分で作った好きなキャラクターを連れて冒険してる感覚や、勝手に性格を妄想したりして楽しむ。そういう楽しみはあります。


しかし今日語りたいのはそっちではなく、ストーリーの為に存在する仲間なのです。
ここから本題です。


以前、マザー2のポーラを助ける場面が好きだという話をした気がします。それについて、ちょっと詳しく語ります。
(以下、スクリーンショットは「癒しを求めてマザー2をまったり実況プレイ」より拝借)

マザー2の主人公はネスという少年であり、世界を救うため(?)に一人で旅立ちます。
マザー1
未来から来たカブトムシの話で、世界のどこかに仲間が3人いることはわかっています。(そもそも最初に名前とかつけるし)
しかし、ゲームを進め、町の不良を倒し、ダンジョンをクリアしても仲間が現れない。
とうとう最初の町を離れ、二つ目の町に辿り着いたときから、ポーラのテレパシーが聞こえ始めます。

ちなみにポーラは一人目の仲間で、ヒロインです。
誘拐されて牢屋に閉じ込められてます。
マザー2
ポーラほとんど見えませんが気にしない。

もうね、ヒロインが牢屋に閉じ込められてて、主人公が助けるんですよ?
ありがち過ぎて逆にないシチュ。

ここでのポイントはふたつ。

1.ネス一人で長い間冒険してきたということ
2.ポーラは今後ともに旅をする仲間になるということ

もうね、女の子助けて仲間にして二人旅とかウハウハやないですか
ここで僕が言いたいのは、例えばこれがゼルダだった場合。

・ボスを倒して鍵を入手、ポーラを救出する
・ポーラを家まで送ることになる
・後ろをついては来るものの、戦わない
・家に送り届け、終了。再びネスの旅は続いていく

となるわけです。
もしくはポーラが変身してボスになって倒して終了となるわけです


次に、例えばこれがテイルズだった場合。
「おい、あんた、大丈夫か!」
「すぐに俺たちが助けてやるからな。待ってな!」
「よしネス、早いとこ誘拐犯を探して鍵の場所を吐かせるぞ。」
みたいな、ムードもへったくれもない奴がすでに同行しています


最後に、もしこれがFFだった場合。
ポーラがそもそも帝国の常勝将軍で裏切って拷問中であり、助けてウハウハとか言ってる場合じゃなくなります。


何が言いたいのかわからなくなってきましたが、要するにポーラを仲間にするイベントは、「ポーラという女の子を助けるイベント」でもなく、「ポーラという仲間が増えるイベント」でもなく、「ポーラという深みのある新キャラの登場イベント」でもないわけです。

自分一人の力で初対面のヒロインを救出するイベントなのです。

ゲームに一貫性を持たせるなら、仲間なんていらないのかもしれません。
しかし、それでは人との絆の物語なんて、描けません。

ゲームのシステムを生かすなら、仲間加入は序盤がベストでしょう。
しかし、自分一人の状態でヒロインを救出するあのトキメキは、それでは味わえません。

ポーラは、中盤で恥ずかしがりながらオペラに出演したりしません
しかし、それでもなおポーラのヒロイン人気は現在でも衰えないのであります。


結論。
たしかに「仲間」は、RPGのシステムやストーリーにとって、都合のいい、欠かせないものとなっている。
しかし、仲間がいりゃいいってもんじゃない。
時にはシステム的な面白さや一貫性を捨ててでも・・・

仲間加入イベントに、魂を込めろ


かげろうでした。
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